パリの戦いの激しさは留まる所を知らぬかのように高まりを続けている。

上空では『カレイドアロー』を乱射する凛と天馬に跨るメドゥーサが天空より飛来する雹と氷柱を休む事無く砕き続け、それを掻い潜る雹はバルトメロイらが必死に撃退を続ける。

パリに向けて進軍する『六王権』は桜、ルヴィア、カレン、イリヤが先陣を切って迎撃に専念する。

『地師』にはアルトリア、ランスロットが相対し、残ったヘラクレス、エミヤは『水師』と言いたい所であったが、

「消えよ!女!」

激昂したギルガメッシュが撃ち出す剣弾、いや、剣雨の前に肝心の『水師』に近寄れない有様で、完全に遊兵と化していた。

下手に突撃を敢行すれば、他ならぬギルガメッシュに討ち取られる結果となるのは火を見るよりも明らかな事だからだ。

しかも性質が悪い事にギルガメッシュ本人はそれに大した罪悪感を持つ事も決してないと言う事。

「わずかでもあの男に期待した私が愚かだったと言う事か・・・」

思わずそう呟くエミヤを誰も非難できない。

止む無く、二人は『六王権』軍の側面に強襲を敢行、『六王権』軍の分断を開始した。

六十四『打開』

剣の豪雨を降らせ、面憎き『水師』の抹殺に全力を注ぐギルガメッシュ。

しかし、その件はただの一本とて当たる事はなかった。

撃ち出される剣を取り囲むように水弾が姿を現し次々と剣を砕き続ける。

しかも『水師』の迎撃手段はそれだけではなかった。

『水師』の周囲に現れた水の塊、それが分裂するや剣の形をとって凍り付き、それが迎撃に向かっている。

しかもこの氷の剣群はある意味本物よりも性質が悪かった。

強度はギルガメッシュの剣に到底及ぶはずもなく次々と粉砕されるが粉砕された破片は意思を持つように剣群の合間を縫ってギルガメッシュの攻撃する。

ダメージはスミレの時に放たれた水弾の飛沫よりは上だが、低い事には変わりはない。

ギルガメッシュの鎧を貫く威力など望める筈もなく、細かい傷とギルガメッシュの頬に浅い切り傷をつけるのが精々。

しかし、何度も何度もくどい様だが傷を負ったのは他でもないギルガメッシュ。

これ以上ないほどの激昂を露わにして『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』から全ての剣を一気に射出した。

その勢い、数は氷の剣群をすべて薙ぎ払い、水滴の弾幕を掻い潜り相当数の剣が『水師』に無慈悲に襲い掛かる。

「!!」

次の瞬間には『水師』の身体は四方から剣が突き刺さり、ギルガメッシュの宣告通り二目と見れぬ屍と成り果てた。

「ふははははは!!身の程をわきまえたか下女が!王の慈悲を無下にしおって!我に従っていれば贅の限りを尽くさせてやったものを!」

上機嫌で自分の慈悲(の名を借りた脅迫)に一顧だにしなかった『水師』をあざ笑っていたがその上機嫌もすぐに萎む。

「贅の極み?それは一体どのようなものなのかしら?参考までに聞きたいのだけど」

「はっ!決まっていよう!この我の与える快楽と財に従う事!それこそが贅の・・・極み?」

突然投げ掛けられた質問に初めは上機嫌で返事を返していたギルガメッシュがふと疑問を覚えた。

一体自分は誰の質問に答えたのかと。

「本当救いようの無い坊やだこと。私にとって最高の贅とは愛する夫と共に過ごす時間のみ。それ以上のものなんて存在しないわ」

その答えは自身のすぐ横、『ウンディーネ』に抱かれ上空に浮遊する『水師』の口からだった。

「ば、馬鹿な・・・下女貴様は確かに我の手で」

「ええ貫かれましたわね。私の格好をしたモノが」

呆然として言葉を発するギルガメッシュに『水師』は笑みの中にも侮蔑に満ち溢れた声を向ける。

それを咎める余裕もなく再度『水師』を貫いた場所に眼を向ける。

そこには・・・まるでギルガメッシュが見るのを待っていたように 無数の剣で貫かれた筈の『水師』の肉体は無色の水となって地面にぶちまけられ、それに合わせて剣も澄んだ音を立て続けに鳴らしながら転がる所だった。

「水・・・だと」

「はい、私は陛下より水の力を預かりし師。このような子供騙しも出来ずに何が『水師』ですか」

呆然としたギルガメッシュの呟きと悠然とした『水師』の声、そしてこれに重なるように轟音と共に『ヴィマーナ』のバランスが崩れる。

いや、失速し墜落を始めている所だった。

何故か?理由は突然上空から落下してきた氷柱だった。

しかもその太さはギリシアの古代遺跡のそれと同じ太さ。

それが『ヴィマーナ』の両翼目掛けて落下、完璧に破壊せしめた結果だった。

それと同時にギルガメッシュの頭上にも同じ大きさのそれが急降下してくる。

「坊やの言葉そっくり返すわ。二目と見れぬ無残な屍となりなさい。最も・・・見れるだけのモノが残っていればの話ですが」

優雅に微笑みながら冷酷極まりない事を口にするや氷柱は『ヴィマーナ』墜落の速度よりも早くギルガメッシュへと迫る。

とっさに離脱をしようとするが『ヴィマーナ』のコントロールは完全に不能になっているし、ギルガメッシュ自身の身体能力ではぎりぎり間に合わない。

このままではギルガメッシュは墜落する『ヴィマーナ』と急降下する氷柱に挟まれ圧潰する。

だが、いよいよ眼前まで迫った時、鋼色の暴風がギルガメッシュを吹き飛ばした。

これは高度が急降下したことによる僥倖だった。

つまり地上で見る事しかできなかったエミヤ達でも跳躍すれば『ヴィマーナ』に乗り込める所にまで下がったのだから。

それを察したヘラクレスがギルガメッシュを体当たりで吹き飛ばすように自分ともども『ヴィマーナ』から脱出。

エミヤが受け身が取れないであろう事を予測しギルガメッシュを受け止める。

心情的に言えば助けたくない相手というのは間違いないが助けざる負えない。

この数秒後、『ヴィマーナ』は三本目の氷柱によって中心部分を貫かれ完全に粉砕された。

「お、おおおお!おのれぇえええ!下女がぁああ!よくも我の財宝をぉぉぉぉ!!」

地面に着地し、一瞬だけ『ヴィマーナ』 の最期を呆然として見入ったギルガメッシュだったが直ぐに憤怒、そのまま『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を展開、『水師』めがけて全弾射出を試みようとする。

「はぁ・・・放置もしておけん。このまま行けば無駄な被害が出るだけだな。ギルガメッシュ」

「何だ!偽物(フェイカー)我は・・・っぐっ」

どこか諦めの入った声でエミヤが声をかけ、その声に応じたギルガメッシュの口に躊躇なく取り出した丸薬を手持ちありったけを叩き込み、ヘラクレスの手を借りて強引に口を閉じさせ鼻をも摘み飲み込ませた。

「・・っぐっ、ま、まさかまたか!まただというのかぁああああ」

その語尾に重なるように例の音と同時にギルガメッシュは再度少年に立ち返る。

「お手数をおかけします。エミヤさん。もう本当いっそ自分で自分を殺したいですよ。というか今の内に殺して座に返してもらえないでしょうか?」

大人の自分の所業に打ちのめされているのだろう。

半ば死んだ眼で洒落にならない事を本気で懇願してくる。

「き、気持ちは多々判るが今だけは耐えて貰えないだろうか・・・今は『六王権』の側近を倒すのが最優先事項なのでな」

ギルガメッシュに好意的な感情を持つ者など存在しないが目の前の少年ギルガメッシュの悲哀ぶりには同情を抱かざるおえない。

いささかひきつった表情と声でどうにか少年ギルガメッシュを宥めるエミヤ。

「ん?アーチャー不味いぞ。またパリへの攻撃を開始し始めたようだ」

そこへヘラクレスが注意を促す。

見れば空中に浮遊した『水師』がパリへと視線を向け、それに比例するように雨と雹が勢いを増している。

「そのようだな。ギルガメッシュ、あれを牽制してもらえないだろうか?私はセイバー達の所に向かう。

「と言う事は先にあっちを叩くのですか?」

「いや、あれの相手は私とバーサーカー・・・いや、ヘラクレスの方が良さそうだ。あれは彼女達よりも我々が担当した方が良さそうだ」

エミヤの言葉通りアルトリア、ランスロットは相手である『地師』に決して負けても劣ってもいないものの『地師』にいささか手を焼いている様子だった。

実力の差というよりも戦いにおける相性の差と言った方が良いかも知れない。

アルトリアもランスロットも己の身に培った技術を頼りに敵を討ち果たすが『地師』に対しては相性が悪過ぎた。

あれに対抗する為には小手先の技術よりも力に頼る形で戦法の方が良い。

そう決断を下した。

それをなんとなく察したのかギルガメッシュも頷くとすぐさま『水師』への攻撃を開始する。

当然だが量ではなく命中精度を高めた質での応戦だ。

狙い澄まして飛来してきた剣を『水師』は氷の剣で迎撃に入る

「あら?かわいらしい坊やになったと思ったらこっちの方が大人なのね。さっきの様に気を抜く訳にはいかないと言う事ね」

そう言う『水師』の表情は今までと変わりはないように見えたがその眼光は初めて見せると言っても良いほど鋭いものに変わっていた。









一方、『地師』と対峙を続けるアルトリア、ランスロットはエミヤの予測通り『地師』に手を焼いていた。

『地師』の力は軽視できる筈はないが深刻なものでもない。

戦闘にもそれなりの心得もあるようだがアルトリア、ランスロットレベルの達人から見れば半端者、恐れるものではない。

だが、その二人の力をもってしても『地師』を打破できない最大の理由、当然であるが『地師』の再生能力だった。

ここまでの戦いで相手の再生能力の異常さを理解しているつもりだったがここまでとは思わなかった。

どれだけ斬っても斬ってもその再生の力に限りが見えない。

「くっ・・・ランスロットの力をもってしてもこれほどとは」

「王よ!来ます!」

ランスロットの呼びかけに回避する。

そこへ『地師』の拳が襲来。

その勢いにもう何度目かになるであろう、空気が焦げ付く匂いを嗅いだ気がする。

しかもこれだけの激闘を繰り広げているにも関わらず、相手には疲労の色は微塵も見せない。

これではじり貧になるのは自明の理。

と、そこへ

「セイバー、ランスロット卿、交代だ。こいつは私達が相手をする」

エミヤとヘラクレスが傍による。

「アーチャー?ですが・・・」

「君達はあっちの相手を頼む。ギルガメッシュが相手をしているが今の彼では力不足ゆえにな」

そう言ってエミヤが顎で指し示した方向では『水師』に対抗している少年ギルガメッシュがいた。

だが、少年ギルガメッシュを見たことがないアルトリアは首をかしげる。

「アーチャー、あの少年は一体?それにギルガメッシュとは一体・・・」

「詳しい話は後だ。それと・・・まあ信じる事は困難を通り越して不可能だと思うが、あれが英雄王ギルガメッシュだ」

「・・・は?」

その言葉に一瞬呆ける。

だが、異議を唱えようとした所に

「エミヤ殿、もしやまた英雄王にはあの姿になってもらったのか?」

その姿を見ていたランスロットが間接的にであるがあれがギルガメッシュであると答える。

「な、ランスロット!本当にあればあの英雄王なのですか?」

「はい、信じられるのは無理らしからぬ事ですがあれは紛れもなく英雄王の少年期の姿、ある薬を飲ませ、あの姿にしているのです」

「正直、あれの傍若無人ぶりを舐めていたよ。本来の姿のあれは制御など不可能に等しい。よくもまあ、言峰綺礼はあれを従えていたものだ」

「そういえば・・・第四次の時彼のマスターであった男がぽつりと零していたな・・・あれは風や天候と同じと考えてしまうのが最善だと」

「風?天候?・・・なるほど環境を操るのではなく操る事は出来ぬ要因として利用してしまえと言う事か・・・確かに無理に従えようとすれば奴の反発は何大抵のものではない。奴の事を良く分かっていたと言う事・・・か!!」

四人目掛けて『地師』の拳が振り落される。

もちろんそれを受ける者などいる筈もなく散開してその一撃を回避する。

「話に興じるのは結構だが、そんな事では俺にすぐに潰されるだけだと思うが」

「そのようだな。セイバー行け!ランスロット卿頼む」

「承知、王よ、急ぎましょう、あの姿の英雄王の力は全盛期とは言えません。一人では押し負けてしまいます」

「・・・っ分かりました、アーチャー、ヘラクレス武運を」

「エミヤ殿、偉大なる大英雄殿、貴殿らのご武運を!」

そういってアルトリアとランスロットはこの場を離脱、『水師』の元へと向かう。

そしてその穴を埋めるようにエミヤとヘラクレスが立ちはだかる。

「選手交代か・・・だが、誰が出てこようとも俺は負けぬ。俺のような半端者を重用してくださった陛下の御為、そして俺を信じる仲間と妻の為にも」

そう言って改めて身構える『地師』を眼前にしてエミヤもヘラクレスも悟らざる負えない。

「・・・なるほどセイバー達が手を焼くのも無理はない。この男の強さは異常な再生能力ではない。自らを半端と認めながらももがき足掻き、それでも歩みを止めなかった意思、覚悟。それが半端者ではなく奴を万能型に変えた」

「・・・貴殿の様にか?」

「さてどうだか・・・来るぞ!」

「分かっている、すまないがヘラクレス、しばらくあれを食い止めて貰えないか?私とて全力で迎え撃たねばならぬからな」

「・・・分かった!」

そう言うや、真っ向からヘラクレスと『地師』は激突する。

そしてそれを見ながらエミヤは自身の根源を詠唱として乗せようとしていた。









再び、場面は『水師』と少年ギルガメッシュとの戦いに移る。

「なかなかやるのね坊や、さっきのお子様とは大違い、ずっとそのままでいた方が良いんじゃないの?」

「出来るなら本当にそうしたいですよ。本当なんであんなふうに育っちゃったんだろう・・・」

「あ・・・ご、ごめんなさいね坊や、一番気にしていたみたいなのね・・・」

会話だけ聞くと何をのんきに世間話をと思うかもしれないが彼女達はまさしく死闘の最中にいた。

『水師』は無尽蔵に周囲の大気から水を抽出し小分けにした状態から剣の形に変えて凍結させた上で次から次へと射出する。

一方の少年ギルガメッシュは襲来する氷の剣を回避したり、あるいは時折出現させる宝具で迎撃しながらわずかな隙を見出して攻撃に移る。

そしてそれは量に頼れないゆえに質・・・すなわち命中精度に頼りその脅威は数に物を言わせていた時に比べれば格段に跳ね上がっている。

数をもって質を駆逐するそれが通用するのは舞台が戦争である時だけだ。

戦闘に関して言えば数が質を駆逐するとは必ずしも絶対とは言い難い。

どれだけ数を撃ち出した所でそれが相手に当たらなければ意味などある筈もないのだから。

だが、長期の視野で見れば数での物量戦が有効なのは書くまでもない。

数の暴力は絶対の力、これは絶対の法則なのだから。

しばらくすると大人の時に魔力、体力共に相当量消耗していた事も祟ったのだろう、足をもつれさせてバランスを崩す。

それは同時に極めて微妙なバランスの上で成り立っていた均衡を崩すのに十分なきっかけだった。

それを狙っていたのだろう、今まで溜め込んでいた氷の剣を一気に少年ギルガメッシュに叩きつける。

とっさに守りを固めて防御を固めようとするがそれでも被弾は免れないと覚悟を決めていた。

だが、それも杞憂に終わる。

蒼き疾風と黒き突風が氷の剣を残らず蹴散らしたのだから。

「英雄王、無事か?」

「は、はい、本当に助かりました。ありがとうございます。ランスロットさん」

そういって丁寧にお辞儀をして礼を言う少年ギルガメッシュ。

それを見て呆然とするアルトリア。

「ら、ランスロット・・・本当にこれがあの英雄王なのですか?」

「はい、私も当初は信じがたい思いでしたが」

「当然ですよね。本当いれば入れほど憂鬱になってきますよ。大人の僕の無神経さには。セイバーさん、この戦い終わったら僕を殺してくれませんか?本当お願いします」

「い、いや・・・それは・・・」

確かにアルトリアとギルガメッシュとの因縁は根深いものがある。

だが、大人の時ならばいざ知らず子供、それもあれとは遠く及ばないほどの人格者である少年ギルガメッシュを殺すのは良心に咎める。

「あらあら、お話に夢中のようだけどそんな事ではすぐに死んでしまいますわよ!」

幸か不幸かそんな葛藤を吹き飛ばしてくれたのは『水師』の攻勢だった。

再び降り注ぐ氷の剣弾をアルトリアとランスロットが中心となって再度撃破する。

「あら、残念ね。もう上手くはいかないと言う事かしら」

外見に似つかわしい貴族の令嬢然として優雅に鷹揚に首を傾げるが、その眼光も身にまとう空気もそれとは程遠い。

血に殺戮に飢えた悪女のそれだった。

「来ます!、ランスロット、それと・・・ギルガメッシュ!援護を!」

「御意!」

「わかりました!」

アルトリアの号令と共にランスロット、少年ギルガメッシュが応ずる。

アルトリアの少年ギルガメッシュを呼ぶ時ややあった躊躇いが彼女の心情を過不足なく周囲に伝えていた事は言うまでもない。

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